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「それにしても、これだけ広い敷地内に誰もいないとなると怖いわね」 湖春先輩の言葉に明地先輩が頷く。 「これは歩やミカの言った通り、殺人事件やホラーパニックが起こっているとしてもおかしくないな」
綺麗に刈り込まれた庭園の間に伸びる歩道(その横には自動車の練習ができるくらいの車道がある)を歩きながら、俺達は屋敷へと近づく。
「キャー!」 静けさの中にいきなり響き渡った誰かの悲鳴に度肝を抜かれ、俺は声を上げてしまった。 「どうした!歩!正!」
悲鳴の主は俺の後ろにいた歩だったらしい、振り返るとそこには屋敷の入り口周辺を指さして固まる歩の姿。
「あそこに……、大量の本がバラバラになって山積みにされています!」 「なんてことでしょう……待っていてください今助けに行きますから!」
何故か俺の手をとって歩は走りだす。 「みなさん、私はこの本たちを整理しますから」 唖然としている俺達に、キリッとした表情でそう言うと、歩は言うが早いか本を整理し始めた。 「ああ……まああいつん家だし良いと思うけど、じゃあ俺たちは中に入ってるから」 俺はそう言って歩をそこに置いて行くと、大きなビルの自動ドア位ある扉へと向かった、まあ実際木製の自動ドアなんだが。
「じゃあミカも歩ちゃんと残るー」 入れ違いに歩の元に走りだすミカ先輩にやっぱり付いて行こうとした俺の襟首を、明地先輩が掴む。
「お前はこっちな」
エヘっと笑うミカ先輩の方に手を伸ばしながら、明地先輩によって俺は屋敷の出入口に立たされた。
「えーっと、イイクニツクロウヨロシクサンキュー」
明地先輩が呆れながら俺の動作を見る、これはみちるの父さんが作ったパスワードだけど、本番はこれからだ。
「おっぱいぽよんぽよーん!」
二人のツッコミを受けながら、屋敷の扉は音もなく右左に開く。 「みちるーおーいみちるー」
反応はない、本当に誰もいないのだろうか?雇ってる人たちに全員に急用ができたとかして。だから俺達に大掃除の手伝いをさせようと呼んだのか?
「おお広いな」 俺は後から入ってきた二人をそそくさと盾にした。
「よし明地先輩先行ってください!俺が案内しますから!」
明地の言葉の終わりを合図にするかのように、背後で玄関の扉が重々しく閉まる音がした。中の薄暗さがより一層濃くなる。 「何だ?」
上を向くと、更に濃い闇の中、巨大な屋敷に相応しい巨大な何かがそこでじっとしているのが見えた。 「…………」
それはやはりそこにあった、薄暗い中、丸く巨大な体を短い手足で支えながら、一つの大きな瞳がギョロリとこちらを見下ろしていた。
「何だ?」
そしてその指を天井に向けると同時に、『それ』は俺たちの前へと姿を現した。 「キャー!」
今度こそ本当の悲鳴だ! 「先輩!入ってこれないみたいですよ!」
走りながら前に向けてそう言うと、明地先輩と湖春先輩も後ろを振り返った。 「何だこれは!?あいつの家、金に物言わせてバケモノの開発でも始めたのか!?」 それはありうる。 「え?ちょっと待って、何か口が開いたわよ、何か伸びてくる……」 風を感じたと思ったら、今度は化け物から伸びた口が、すさまじい轟音と共に俺達を吸い込み始めた。
「うおおおおおおおおお!」
勝手知ったるみちるの家。 「こっちです明地先輩!湖春先輩!」 近くの柱にしがみつき湖春先輩を庇っていた明地先輩は、どんどん強くなる吸引力に耐えながらそろりそろりと近づいてくる。 そして明地先輩が部屋の入り口に手を掛けたと同時に。 「きゃ!」 最大にまで強くなった吸引力が湖春先輩の足を取った。 「湖春!」
明地先輩はもう一方の手で湖春先輩の手を掴んだが、明地先輩もかなりギリギリの状態だ。
「湖春先輩!よじ登って来てください!」 湖春先輩の叫びに、それでも明地先輩は歯を食い縛って、 「いーやーだー!」 意地でも湖春先輩の手を離さない。 「無理よ……あんた見掛け倒しの文学男なんだから……」 髪をなびかせながら、湖春は柔らかく笑う。 「……またね」 無理やり明地の手を離すと、すごい勢いで水色の化け物の中へと吸い込まれて行った。
「湖春―!」 明地先輩と一緒にその様子を呆然と見ていたが、ふと我に返って、 「明地先輩!部屋に来てください!もう俺腕持たね!」
俺は明地先輩を引っ張り始めた。 |
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