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「それにしても、これだけ広い敷地内に誰もいないとなると怖いわね」

 湖春先輩の言葉に明地先輩が頷く。

「これは歩やミカの言った通り、殺人事件やホラーパニックが起こっているとしてもおかしくないな」

 綺麗に刈り込まれた庭園の間に伸びる歩道(その横には自動車の練習ができるくらいの車道がある)を歩きながら、俺達は屋敷へと近づく。
 近付けば近付く程生き物の気配がなくなってくるような気がしてくるのがまたヤバい。
 何かミカ先輩が言っていたっけ?呪われた大富豪邸、次々死んでいく豪邸の住人たち、そしてその呪いは……。

「キャー!」
「ギャ!」

 静けさの中にいきなり響き渡った誰かの悲鳴に度肝を抜かれ、俺は声を上げてしまった。

「どうした!歩!正!」

 悲鳴の主は俺の後ろにいた歩だったらしい、振り返るとそこには屋敷の入り口周辺を指さして固まる歩の姿。
 その指の先をたどると、

「あそこに……、大量の本がバラバラになって山積みにされています!」
 確かに、その先には、トラック一杯分位あるだろう本が、正にトラックから無造作に落とされましたと言わんばかりバラバラと山積みにされていた。

「なんてことでしょう……待っていてください今助けに行きますから!」

 何故か俺の手をとって歩は走りだす。
 走りながら俺は、ああ、歩の本大好き病が炸裂したのだなと納得した。
 本の前まで来ると、それは俺の目からしてもこれはお高い値段だろうという本がごろごろと転がっていた。
 歩は俺の持っているビニール袋から雑巾とビニール紐と取り出し、次にビニール手袋を取り出すと素早くそれを装着した。

「みなさん、私はこの本たちを整理しますから」

 唖然としている俺達に、キリッとした表情でそう言うと、歩は言うが早いか本を整理し始めた。

「ああ……まああいつん家だし良いと思うけど、じゃあ俺たちは中に入ってるから」

 俺はそう言って歩をそこに置いて行くと、大きなビルの自動ドア位ある扉へと向かった、まあ実際木製の自動ドアなんだが。

「じゃあミカも歩ちゃんと残るー」
「じゃあ俺も残るー!」

 入れ違いに歩の元に走りだすミカ先輩にやっぱり付いて行こうとした俺の襟首を、明地先輩が掴む。

「お前はこっちな」
「ええーミカ先輩一緒に行きましょうよー」
「だって、こんなに沢山本があったら、どれか呪われてそうなんだもん」

 エヘっと笑うミカ先輩の方に手を伸ばしながら、明地先輩によって俺は屋敷の出入口に立たされた。
 入り口に相応しいセキュリティシステムにしぶしぶ手を伸ばし、数字を打つ。

「えーっと、イイクニツクロウヨロシクサンキュー」
「いいのかこんな屋敷がそんなパスワードで……」

 明地先輩が呆れながら俺の動作を見る、これはみちるの父さんが作ったパスワードだけど、本番はこれからだ。
 パスワードを打つと、機械的に下から板が出てきた、俺はそれに軽く手を乗せ、そして、

「おっぱいぽよんぽよーん!」
「またそれかよ!」
「またそれなの!?」

 二人のツッコミを受けながら、屋敷の扉は音もなく右左に開く。
 扉の前から見える屋敷内のホールはいつも付いているはずのライトの明かりもなく、どこか薄暗く、綺麗にワックスがけされた板張りの床はどういうわけかどこか殺風景なイメージを俺に抱かせた。
 勝手知ったるみちるに家だ、それでも俺は気軽に足を踏み入れる。
 パーティが開けそうな位広い玄関ホールの奧には大きな階段、左右には、俺たち五人が横に並んで歩けそうな廊下が続いていた。
 みちるの部屋は確か階段登って左手の奥の部屋だったっけ?

「みちるーおーいみちるー」

 反応はない、本当に誰もいないのだろうか?雇ってる人たちに全員に急用ができたとかして。だから俺達に大掃除の手伝いをさせようと呼んだのか?
 ふいに思い出すミカ先輩の言葉、呪われた大富豪邸……、

「おお広いな」
「いいのかしら…えっと、お邪魔しまーす!私達ここに来るの二回目だっけ?打ち上げとお見舞いに」
「俺は三回目だな、あまりにもでかすぎて面白いから資料に写真を撮らせてもらった、歩も一緒だったな」

 俺は後から入ってきた二人をそそくさと盾にした。

「よし明地先輩先行ってください!俺が案内しますから!」
「逆だろ、何で案内する奴が後ろになるんだよ」

 明地の言葉の終わりを合図にするかのように、背後で玄関の扉が重々しく閉まる音がした。中の薄暗さがより一層濃くなる。
 こうなったらもう、またあのセキュリティを抜けなければ外には出られない。
 ぴちゃん。
 頭に何かが落ちてきた。
 それは、鳥のフンを受ける衝撃に似ていた。

「何だ?」

 上を向くと、更に濃い闇の中、巨大な屋敷に相応しい巨大な何かがそこでじっとしているのが見えた。
 俺は一回「実はこんな部屋があった」とか「屋敷が広い」とか話す明地先輩と湖春先輩を見ると、少し目をこすって再び天井を仰いだ。

「…………」

 それはやはりそこにあった、薄暗い中、丸く巨大な体を短い手足で支えながら、一つの大きな瞳がギョロリとこちらを見下ろしていた。
 どっと冷や汗が流れ出すのを感じながら、右手人差し指で明地先輩を、左手人差し指で湖春先輩をつんつんとつっついた。

「何だ?」
「どうしたの正?そんなに汗かいて」

 そしてその指を天井に向けると同時に、『それ』は俺たちの前へと姿を現した。
 大した衝撃音もなく俺達三人の目の前に現れたそれは、淡い水色をした昆虫のような姿を持ち、一つの大きな人間の瞳で俺達を見据えた、ホール一杯の体躯を持つ未だかつてテレビでも見たことないような生物だった。
 ハアハアハア。
 その声は俺達かその生物のものか。

「キャー!」

 今度こそ本当の悲鳴だ!
 明地先輩は叫ぶ湖春先輩の手を引くと、左の廊下へと走り出した、俺もその後に続く。
 廊下を走りながら振り返ると、水色のバケモノは大きな体が廊下の入り口に突っ掛かったらしく、侵入できない廊下へ一生懸命に体を入り込ませようとしていた。

「先輩!入ってこれないみたいですよ!」

 走りながら前に向けてそう言うと、明地先輩と湖春先輩も後ろを振り返った。
 そしてその場で立ち止まり、しばらく化け物をまじまじと見つめた。

「何だこれは!?あいつの家、金に物言わせてバケモノの開発でも始めたのか!?」

 それはありうる。

「え?ちょっと待って、何か口が開いたわよ、何か伸びてくる……」

 風を感じたと思ったら、今度は化け物から伸びた口が、すさまじい轟音と共に俺達を吸い込み始めた。

「うおおおおおおおおお!」
「きゃあああああ!」
「ぎゃあああ!」

 勝手知ったるみちるの家。
 俺は素早く近くの部屋の扉を開けて中へと飛び込こむと、中から顔を出し二人を手招きした。

「こっちです明地先輩!湖春先輩!」

 近くの柱にしがみつき湖春先輩を庇っていた明地先輩は、どんどん強くなる吸引力に耐えながらそろりそろりと近づいてくる。

 そして明地先輩が部屋の入り口に手を掛けたと同時に。

「きゃ!」

 最大にまで強くなった吸引力が湖春先輩の足を取った。

「湖春!」

 明地先輩はもう一方の手で湖春先輩の手を掴んだが、明地先輩もかなりギリギリの状態だ。
 俺も応援して部屋に手を掛ける明地先輩の腕を掴むと、ますます酷くなる轟音の中、湖春先輩に向けて声を張り上げた。

「湖春先輩!よじ登って来てください!」
「無理よ!こいつ強すぎる!明地手を離して!あんたまであいつに食われちゃうじゃない!」

 湖春先輩の叫びに、それでも明地先輩は歯を食い縛って、

「いーやーだー!」

 意地でも湖春先輩の手を離さない。

「無理よ……あんた見掛け倒しの文学男なんだから……」

 髪をなびかせながら、湖春は柔らかく笑う。

「……またね」

 無理やり明地の手を離すと、すごい勢いで水色の化け物の中へと吸い込まれて行った。

「湖春―!」
「湖春先輩―!」

 明地先輩と一緒にその様子を呆然と見ていたが、ふと我に返って、

「明地先輩!部屋に来てください!もう俺腕持たね!」

 俺は明地先輩を引っ張り始めた。
 明地先輩も苦しげな顔で「くそっ」と小さく言葉を吐くと、両手で部屋へと這い登り転がり込んできた。
 急いで扉を閉じると、轟音は扉の向こうへと掻き消えた。


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