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 すさまじい轟音と彼の激しい息遣いだけが耳を支配する。
 光の見えない、息をするのも苦しい空間の中で、彼は必死に出口を探していた。
 足元には大量の障害物、動きにくそうに壁伝いに移動しながら、時々出してくれと言わんばかりに彼は壁を強く叩いた。

「みちる!母さんが見つかった!」

 轟音の中、必死に彼……みちるに叫び掛ける父親の声は焦りに満ちていた。
 みちるは壁から手を外さずに声の方に目をやると、

「無事なのか!?」

 轟音に負けじと怒鳴りつけた。

「分からん!ただ息はある!早くここから出なくては……」
「だけど外にはまだヤツがいるだろう!」

 自らの無力さに八つ当たりするように、大切な指が痛むのも忘れ、みちるは力一杯壁を殴りつけた。
 大した音もせず、壁はその無力を受け止める。

「……スマフォ……スマフォはどうだみちる!」

 みちるはハッとして白衣のポケットから愛用のスマートフォンを取り出した。
 いつも仲間たちにメールを送っているスマフォ、慣れた手つきで起動させると、光のない空間に淡い光が灯った。

「救助を!救助を呼ぶんだ!」

 淡い光の中、すぐ近くで埃にまみれた彼の父親が、ぐったりとした妻を抱きながらみちるを見上げていた。
 みちるはひとつ頷くと、いつもやっているようにメールを綴る、しかし、

「……駄目だ!」

 絶望するみちるに、父親は目を丸くした。

「何でだ!」
「もう充電が切れる!」
「だからいつも充電はこまめにやっておけと言っていただろう!」

 頭を抱えるみちるは、それでも急いで指を動かしながらメールを綴る、しかし充電の切れる警告音は轟音に混じりみちると彼の父親に絶望を叩きつける。

「せめてこれだけでも!届いてくれ!頼む!」

 焦りながら送信ボタンを押すと、必死の思いでスマフォを頭上に掲げた。
 次の瞬間、空間はまた暗闇に閉ざされた。
 轟音と彼の激しい息遣いだけが耳を支配するその世界へ。

 大富豪、大善寺みちる家は、郊外の個人所有の山奥にあった。
 そんな所に家があって交通の便が悪いだろうと思うだろう?
 大丈夫、大善寺家前というバス停がある。
 まあ、そんな地元でもビッグな豪邸の門の前に、俺達しがない一般民五人は横一列に並んでいた。

「おいおい、何だか誰もいないじゃないか、本当に大掃除やってるいるのか?」

 大柄な男、明地徳雅は片手に大量の雑巾の入ったバケツを持って大きな学校くらいあるその豪邸を見上げる。
 今年の八月に二一才になった明地先輩は、会った瞬間「何かスポーツされてるいるのですか?」と聞かれるのが特技の見掛け倒しな小説家志望のワナビ青年である。
 目指しているジャンルはアクションヒーローもの。

「だって、メールには大掃除を手伝いに来なさいって書いてあったんでしょ?」

 その隣で同じく豪邸を見上げるは、少しキツそうな長髪の女性、望星湖晴、二一才。
 明地先輩と同じくワナビで得意ジャンルはラブストーリー。
 胸は見れば分かるAカップだ。

「早く入りましょう、時間がもったいないです、全く、みちるさんにはいっつも世話を焼かされるんですから」

 湖晴先輩とはまた違った感じにキツそうな彼女は、徳上歩、一九才、おさげにメガネっ娘という少し野暮ったい俺の同級生だ。
 いつもぶすっとしていて不機嫌に見えるが、出会って半年、やっぱりいつも不機嫌にしか見えない。
得意ジャンルは推理小説のワナビその三である。
 胸はBカップだろう。

「やーん、誰もいない大豪邸なんてドキドキしちゃう。呪われた大富豪邸、次々に死んでいく豪邸の住人たち!その呪いは外部からやってきた者たちにもふりかかる!」

 歩の隣でキャピキャピしているのが、俺のアイドル、四谷ミカ先輩二〇才。
 とにかく可愛い、そして美人、スタイルバツグン、胸はなんとFカップ!
 得意ジャンルがホラーだというのもギャップ萌えでグーだ!
 キャッキャとはしゃぐたびにたわわな胸がぽよんぽよんと揺れる。
 完璧だ。

「ちょっと正、本当にメール、みちるからなの?」

 ぽよんぽよんに見とれていた俺に、湖晴先輩の声が飛び込む。
 俺はモップやビニール袋に詰め込んだ掃除用具を持ってない方の手でスマフォを取り出すと、幼なじみから届いたメールを開いた。

『たすけてくれおおそうじ』

 それだけ記された文面を、みんなに見せる。

「ホラ、送信者みちるでしょう?これだけ大きな家なんですから、大掃除助けてほしいってことなんでしょう」

 ワナビ軍団は、俺の手元にあるスマフォをじっと見ると、キャピキャピしている一人を抜かして全員ため息をついた。

 ちなみに俺もワナビ、目指すジャンルはもちろんハーレムラノベだ!
 本名は大川正、生まれついてのチビ体質だが、これには俺にとって最大級の利点があった。
 小学校に入っても女湯に入ってバレなかったという利点が!
 俺達五人プラスみちるは、文系道標大学に代々存在するワナビサークル『小説家志望物語』の仲間達だ、活動内容は主に小説を書いて投稿したり、それを見せ合ったり、時々会誌を作ったりしている。
 ちなみに、メールの送り主である大善寺みちるもワナビである。
 俺が小学生の頃からの腐れ縁で、ライバルでもあるね。

「でもこの門開かないわね、どうする?呼び鈴押しても誰も出ないわよ」

 湖晴先輩の言葉に、すかさず歩とミカ先輩が彼女に視線を送る。

「殺人事件でも起こっているのでしょうか?」
「やっぱりこの家に代々憑いてる幽霊の呪いが今この大晦日の日に…キャ!」

 どっちが起こっていても俺は逃げる。

「ヤバいな!早く助けに行った方がいいんじゃないか?くそ!この門さえなければ!」

 その二人の言葉を間に受けるのが明地先輩、しかし堅牢な門の前で為す術も無くまごまごとしてる。

 ふふふ、しょうがないな。
 俺は大きく咳をすると、一歩前に出て、

「秘密の暗号!おっぱいぽよんぽよーん!」

 と声を大にして叫んだ。
 シーン、山に住む小鳥の鳴き声が聞こえるほどの静けさの後、

『暗号、音声、チェックオーケー、ようこそうんこっこ』

 おごそかに大きな門が開いていった。
 得意気に後ろを振り返ると、あっけにとられた四人の姿。

「……何それ?」

 湖春先輩は少し引いているように見える。あれー?何でだろう、格好良く開けたつもりなんだけど。

「みちると俺が小学校のとき、俺が遊びに来た時色々中に入る許可が面倒くさいからって、みちるがこっそりセキュリティを改造して今の言葉を俺が言った時だけ門が開くようにしてくれたんですよ」
「なんというか、ブレないなお前ら」

 その言葉はもちろん褒め言葉ですよね明地先輩。

「大川さんが小学校の頃から大川さんで私は安心していいのか呆れていいのか困惑中です」

 ……誉め言葉だよな歩。

「正くん、大声でそんな言葉を言うなんて……、カッコイイ!」

 ミカ先輩だけが俺の天使だ。

「まあ、開いたからには行ってみるわよ、みんな、準備はいい?」

 湖春先輩の声を合図に、湖春先輩を含む俺達五人は掃除用具を持ち直す。

「じゃあ、行きましょうか!大善寺家へ突入!」

 そしてそう繋げると、湖春先輩を先頭に俺達は巨大な大善寺家へと足を踏み入れた。
 空は暗雲立ち込めている。


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